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大阪高等裁判所 昭和61年(ラ)209号 決定

抗告人(被申立人) 大阪府

訴訟代理人 前田利明

相手方(申立人) 平山正男こと申正男 外三名

訴訟代理人 山田一夫

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一、本件抗告の趣旨及び理由

別紙記載のとおり。

二、当裁判所の判断

本案裁判所の行なう証拠の採否(証拠の必要性)に関する不服は、原則として本案と共に上訴によつて争うべきで、本案と切離して別個に抗告をもつて争うことはできないが、検証の採否(検証の要否)と異なりその前提となる検証物提示命令については民訴法三三五条、三一五条に従い独立して抗告により争い得る。

本件の如く裁判所が訴訟当事者の占有する建物あるいは場所(本件においては、東成警察署留置場一一号室(保護室))を対象とし、これに臨場して検証を行う旨の決定をした場合は、証拠採用の決定と同時に、検証物を占有する当事者に対し、当該検証物を提示すべき旨の命令も亦これに併せてなされているものと解するのが相当である。

したがつて、本件抗告は右の検証物提示命令に対するものとして適法であるから、その当否を判断するに、検証物の提示、検証受忍の義務は、証人義務などと同様にわが国の裁判権に服する者が国家に対して負う一般的な公法上の義務であり、証言拒絶などの理由(民訴法二八〇条、二八一条、二九一条)に準じて正当な事由がない限りこれを拒むことができないものといわねばならない。

そこで、抗告人が本件検証物の提示または検証受忍の命令を拒むべき正当の事由があるかについて検討するに、抗告人提出の疎乙第一号証によれば、本件検証が予定どおり実施される場合、東成警察署における留置場管理、被収容者の処遇あるいは捜査の遂行等において若干の支障を生ずるであろうことが推認されなくもないけれども、抗告人主張の如き、警察運営、警察権行使等の公務の遂行を著しく困難にするとか、公務上の秘密の保持その他公共の利益を害することが甚だしいとか、あるいは被収容者個人の名誉その他の利益を害すること等についてはこれを疎明するに足る的確な証拠がない。そうすると、抗告人は、本件検証物の提示または検証受忍の命令については、これを拒むべき正当な事由があるとは認め難い。

よつて、原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 廣木重喜 裁判官 諸富吉嗣 裁判官 吉川義春)

別紙

即時抗告の趣旨

一 原決定を取消す。

二 相手方の本件検証の申立を却下する。

との決定を求める。

即時抗告の理由

別紙即時抗告の理由記載のとおり

証拠方法

疏乙第一号証

添付書類

委任状 一通

指定書 一通

別紙

即時抗告の理由

一 本件検証について

本件検証の決定内容は「東成警察署留置場二階一一号室(保護室)の位置及び構造を検証する」というものであるが、本件保護室が留置場内に設置されていることから、これが実施された場合、その決定内容から、単に保護室にとどまらず、同署留置場そのものを検証する結果となるものである。

二 検証物提示義務と職務上の秘密について

検証物提示義務は、証人義務と同様の公法上の一般的協力義務であるから、わが国の裁判権に服する者である以上、検証物所持者は、正当な事由がない限り検証物を提示する義務を負うのは当然である。

右提示義務についても民訴法二七二条の趣旨が類推適用されるものと解されるから、国又は地方公共団体並びにこれらの行政機関(以下官庁等という)が、検証物を所持している場合には、国家公務員法一〇〇条三項、地方公務員法三四条三項の趣旨に照らして、官庁等は特別な事情のない限り検証物の提示を拒絶することはできないものと解すべきである。

しかしながら、それを公表することが、国家公共の福祉と利益を害するとか、あるいは公務の遂行を不能又は著しく困難にするとか、個人の利益を害することが余りにも大きい等の場合は、右の特別の事情があるものとして、官庁等はその提示を拒絶することができるものといわなければならない。

三 被収容者に対する警察の立場

そもそも留置場は、刑事訴訟法の規定により身柄を拘束されている者を収容するため設置されている施設であり、これの運用等は、刑事訴訟法一条の「公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うする」及び同法一九六条の「被疑者、その他の者(被収容者)の名誉を害しないよう、かつ捜査の妨げとならないように注意しなければならない」という趣旨を厳格に遵守してなされなければならないのである。

すなわち、被収容者といえども、その人格、人権を侵害されないという権利を有し、施設の設置管理者としては、その処遇に当たつては、前記刑事訴訟法の趣旨を体して、人格、人権を最大限に保護する義務を課されている。

四 検証時における被収容者の問題

東成警察署留置場における収容の実態は、過去六か月間では、延べ一九七四人で、一日当たりの平均は一一人であり(疏乙第一号証 東成警察署留置場収容状況報告書)、被収容者のいない日はないのが実情である。

したがつて、本件検証時においても、留置場内に相当数の被収容者がいることは容易に予想され、これらの被収容者を他所へ移動させることは、捜査の必要上、弁護人との接見交通の必要上、被収容者の運動、入浴、診療などの処遇上、困難であることは明らかである。

以上のような事情から、検証時にも、若干名の収容者が在監していることは避け難く、これらの者の人権を侵害するおそれが生ずる。

すなわち、提示を拒み得る場合に該当するものである。

五 私権の訴求と公益上の必要性の衡量について

本件は、被保護者が保護室内において自殺した事案について、私権を訴求する民事訴訟の当事者が、自己の主張事実について行う立証活動上の必要により申立てられているものであるが、東成警察署の収容の実態から免れない被収容者の人権侵害、警察の捜査活動に対する支障などを理由として提示を拒むべき公益上の必要性は、右立証活動上の必要性に優るものといわなければならない。

六 代替措置について

抗告人においては、本案訴訟において、既に乙第二号証(自殺現場及び変死人の写真撮影報告書)を提出しており、次いで必要な図面、写真等を証拠として提出する予定であり、これにより検証を代替できるものと考える。

七 結論

よつて、本件検証決定は、本件検証物に対する法的評価を誤り、妥当を欠いたものであるから、速やかに原決定を取消し、相手方の申立てを却下されるべきである。

別紙

即時抗告の理由補充書

即時抗告の適法性

一 本件証拠決定は、第三回口頭弁論調書によれば、「証拠調(現場検証)は受命裁判官によつて実施する。」と記載されている。

この文面から、推認すれば、原決定は、検証の決定ではなくて、証拠調の決定と、解釈される余地もなくはない。

仮に、証拠調であれば、即時抗告ができないことは、申すまでもない。

二 しかしながら、原決定は、その実質においては、明らかに検証決定である。

そうであるとすれば、検証に関する民事訴訟法第三三五条第一項は、文書提出の申立に関する決定に対しては、即時抗告ができる旨の同法第三一五条を検証にも準用する旨を規定しているので、検証決定について、即時抗告ができることは、民事訴訟法の明文によつて規定されているところである。

三 もつとも、民事訴訟法第三三五条第一項では、「検証の目的の提示又は送付について」第三一五条を準用すると規定している。

本件の場合、相手方らの証拠の申出によれば、検証の目的物は、「東成署留置場二階一一号室の位置及び構造」となつており、「留置場内の構造」は、文書提出とは異なり、提出又は送付することは、できない。単に開示できるだけである。

しかし、この点を捉えて、提出又は送付できる検証については、即時抗告を認めるが、本件のごとく、事案の性質上、開示はできるが、検証の目的物を移動して、提出(なお、検証については、「提出」の文言を使用せず、「提示」の文言を使用している)又は送付できない検証については、即時抗告を許さないと解釈することは、前記法令の立法趣旨に反すると断定せざるを得ない。

四 要するに、原決定は、実質的に検証決定であり、そうであるとすれば、当然に即時抗告が許されるものであり、また、検証の目的物を移動して、提出又は送付できないだけの理由で、文書提出命令の即時抗告の規定を準用できないと解釈することは到底できない。

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